岩手で流血の巻2017/10/25

日曜からの岩手出張は無事月曜日も終了。
台風も過ぎたようなので、月曜だけどグループ会社のSEとさし飲み。
駅前の「ももどり駅前食堂」で名物のもも焼き、鶏のから揚げ等を堪能して
早い時間にホテルへ戻る。
この日に通過していった台風の影響か、橋を渡っていても恐怖を感じるほど。

翌日の火曜からは他のメンバとバトンタッチすることになっていたので、
引き継ぎ事項をまとめてとっとと就寝。

朝はパンと午後ティー、それと小岩井農場の牛乳を飲んで、
予約していたタクシーに乗り込んで仕事場の病院へ向かう。
この時は最低の1日になるとは思っても見ず・・・。

仕事場の病院に到着。
タクシーは正面玄関前の車寄せに停車して、料金を払って領収書をもらって下車。
そこからがこの日の悲劇の始まり。

この日の夕方には仙台に帰る予定だったので、タクシーのトランクには、
台風と一緒に来たことで持っていた傘、それとキャリーケース。
キャリーケースはタクシーの運転手が降ろしてくれた。
「あ、その傘もです。」と言って傘を取るために手を延ばす。

場所は病院正面玄関前の車寄せで屋根もかかっている場所。
上から危険なものどころか、雨すら降ってこない場所。
にもかかわらず、かなりの衝撃が真上から降ってきた。

一瞬何が起きたのが全く判らず、頭を押さえたまま硬直して言葉も出せない。
「何?」「俺はどこに居るんだっけ?」「これは痛いのか重いだけ?」と、
通常の思考じゃないと自分で気づき始めたあたりで、頭付近からボタボタと
尋常じゃない血が地面に向かって垂れていく。
「ボタ、ボタ、ボタ」ではなく、「ボタボタボタボタボター」って感じ。
その血の量を見て、逆に我に返った感じ。

運転手に「ここ病院なんでこのまま診てもらうので、呼んできてください。」
と言ってもなかなか動かず、ポケットティッシュで止血することで精いっぱい。
でも、そのティッシュもすぐに足りなくなり、また「ボタボタボタボタボター」と。
そのうち、通りかかった患者さんが連絡してくれたのか、病院スタッフが
車いすを持って駆けつけてくれた。

すると、なんとタクシーの運転手は「何かあれば領収証の連絡先へ」と
そのまま帰ろうとする始末。
それを見た病院スタッフが「いやいやいや」と呼び止めてくれて、
俺も「とりあえず名刺下さい」と会社のカードに名前を書いてもらって受け取る。
病院スタッフも「車のナンバーも控えたからなんか面倒なことになったら言って」
と、なんとも心強かった。
それにしても「なんかあったら」って、もう「なんかあった」じゃんと。

救急センターに運ばれると、つい1時間前くらいに来たばかりのスーツと
ワイシャツを脱いで病院の服に着替えて、ベッドに寝かされる。
救急センターの先生が傷口を見た途端
「結構いっちゃってますね。4~5cmだから縫う必要ありますね。」と。

傷口洗って麻酔してから縫う事6針。
先生曰く、「頭皮が元気なので麻酔が刺さらない」という、
ちょっと嬉しくなるようなプチ情報を聞きながら。

ぶつけた場所がバックドアということと、傷口の状態からかなりの衝撃が
あったと思われるということで、念のためCT撮りますと言われて、
「CT・・・」そこまで大事にと、なんか言い表せないショックを受ける。
が、救急車で重篤患者が運ばれてくるので、CTを撮るのを待つ時間はありますか?
と聞かれ、「あ、俺はその程度ね。」と逆に安心して、快く待つことを伝えたりして、
結局昼過ぎまで救急センターのお世話に。

それからロビーにメンバを呼んで、その後の仕事の指示。
今日の仕事はこれでおしまい。
本当に何しに来たんだか。

それからタクシーに乗って、向かった先は交番。
運転するのは当事者のタクシー運転手。
何故交番かというと、「会社から警察に行って処理するように言われた」と運転手。
しかも、タクシー会社の人は来ないとの話を聞いて「へーやばい会社だこと」と。

交番に行って運転手が相談するも
 ・運転中でもなく、運転手が運転席にもいないので交通事故扱いにはならない
 ・被害者が被害届を出して傷害事件にしない限り警察では扱えない
とのことで、傷害事件にする気もないので、それで警察は終わり。

しかし、このままじゃ、というかこの運転手と今後交渉するのは無理と思い、
「タクシー会社に連れていってもらえませんか」とお願いして、
半ばタクシー会社に乗り込む形に。

運転手と痛々しい格好のおっさんが事務所に入って行くと、
明らかに怪訝な表情で運転手をにらむ人が一人。
どうやらその人が担当者らしく、運転手を一睨みした後は俺を椅子に案内して、
お詫びに続き、今後は会社として誠意をもって対応するとの話をされる。
そのころには、傷口の麻酔も切れてきたらしく、ズキズキと痛み出し、
もう早く切り上げたくてしょうがなかった。
加害者側からお詫びを受けるために、被害者を赴かせるとは何様だと思いつつ、
その時はそんなのどうでも良かった。

そこからは、傷の痛みもそこそこだけど、スーツ+ビジネスバック+キャリーバック、
それに頭にはガーゼと医療用の帽子という「痛い格好」で盛岡駅と新幹線を過ごす
という心の痛みに堪えつつ仙台に到着。
でも、その「痛い格好」で盛岡駅の売店でフクダパンのあんバター2個を
お土産で買うという、周りの目を気にしているのかしていないのか、
自分でもよく判らない行動を起こし、やれることはやった感も味わう。
ここまでやれたのも、朝に飲んだ小岩井牛乳のカルシウムが効いていたのかも。

夜は家族と食卓を囲みながら、小学生のように今日の出来事を話すパパの画。
あのおびただしい血がが流れる画がまだ頭に残っているので、
この団らんは本当に安心したというか嬉しかった。
なんとか帰ってこれて良かったーと。


そし一夜明けた今日水曜日は、紹介状を書いてもらった近くの病院で診察を受ける。
結果、ガーゼと医療用の帽子は外して良いと言われたものの、
頭を洗えていないのでまだ血がついた状態。
白髪の部分の広い範囲が茶色に変色したままで、とても人前には出れない状態。

頭を洗えるようになるのが木曜の昼以降ということで、
仕事復帰は、木曜の午後、もしくは金曜日からになりそう。
まだ笑ったりすると頭皮が動いてチクチクと痛みもあるし。

抜糸も一週間後ということで治療もまだ続くし、保険、治療費の他に、
血で染まった傘とか、慰謝料とかも考えないと。
抜糸までの約一週間、いろいろ考えないと。

それにしても大事に至らなくてよかったものの、あれこれと面倒なこった。