東日本大震災12011/03/11

(3/19。やっと、落ち着いて書き込める状況になったので、発生当日以降の出来事を書き込み)

14時38分、娘が下校途中に公衆電話から電話して来た。
「今日友達と遊んでいい?」
いつもはこんなことないのに、どうしたのだろうと思った。
後から聞いたら、名札にいれていた十円玉を使って、名札に書いてあった電話番号にかけたとのことだが、
家にかけるつもりが間違ったらしい。

「いいよ」と言って電話を切る。

その数分後の14時46分、地震。
”かなり大きい。しかもなかなかおさまらない。”

ビルの10階のオフィスは、立っていられず、机や椅子が波に揺られる小船のようにあらゆる方向に振られらた。

”家族は!?・・・・・娘が!”

ママは家、息子は4年生で授業時間も長いので、まだ学校のはず。
娘は下校途中。

ママに電話しても既につながらず、メール送信。
かろうじて1回やりとり出来て、ママの無事は確認。
娘が下校途中ということをメールしたけど、既にメールも送信エラーに。

会社から、帰宅の指示も出ず、パソコン、書類等でぐちゃぐちゃの床に
非難道をとりあえず作る。

その後、徒歩で帰路につく。
バスは動いているものの既に満員でバス停には長蛇の列で、渋滞のため車もバスも進まない。
信号停止、壁が一部崩落したビル、マンホールから吹き出る水、ところどころのガス臭。
しかも、歩いているうちに吹雪に。

自宅までの道のりの半分位来た時だろうか、ママと娘からメール!
ママ:「みんな無事です。今どこ?」
娘:「いまどこにいるの!?(パンダの絵文字)」

それまで、革靴ですべる中、雪道でもスピードを緩めずに歩いていたが、ほんの少しだけ緩んだ気がする。

家に着くと、中はぐちゃぐちゃ。
電気、ガスはストップするが、水はなんとか出ていた。
先ずはガラス等の危険物を片付けて、最低限のスペースを確保。

とりあえず、ある物を気のみ気のまま食べて、余震に備えて、服のままベッドへ。
子供たちのベッドにパパと娘、ママと息子で就寝。20時頃か。

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